維持する人

2007年12月11日(火) 住職(第18世住職)

 いくら良いものがあってもそれを管理・維持するものがいなくてはその美しさや機能を保つことはできません。様々な人の努力によって日本の文化が全国 各地に残っています。建物や庭、古き良きものに触れ見て感動したり癒されたりすることは、先人たちの「後世に伝えよう」という強い気持ちが我々に与えてく ださったものだと思います。

 昨日親鸞聖人の像と、その横にある龍のオブジェの下の玉砂利の清掃を住職と二人でしました。長年に渡る汚れを取り、当初の美しさまでは到底いきませ んがだいぶ綺麗になりました。特に玉砂利は底にヘドロみたいなのがたまっていて非常に汚い状態でした。しかし、現在は綺麗になり嬉しい限りです。

 お寺というのは、ご門徒様はもとより地域の皆様などに支えられ、今日の姿になっています。いくらいいものであっても、維持する者が大切に扱い維持する気持ちがなくてはなりません。

 先代の住職らが護ってきたこのお寺を今現在護る者として大切に維持する気持ちを忘れてはならない。という思いを改めて心に刻んだ一日でした。



秋彼岸法座

2007年09月20日(木) 住職(第18世住職)

今日は秋彼岸法座を営みました。昼一席でしたが、今日はとても暑くお勤めも汗がだらだら流れてほんと暑かったです。

「暑さ寒さも彼岸まで」とよく言いますが、今年の残暑は厳しいです。でも、日は着々と短くなって確実に秋へと進んでいるようです。

今日のお説教は楽しい話をするタイプの先生で、分かりやすく笑いもあり、テンポの素晴らしいお話でした。中でも、「僧侶は特別な力を持っているわけではない」という話に共感を覚えました。

たまに、「何か見えたりするんですか?」と聞かれますが、私は特に皆さんと変わったところはありません。ただの人間です。身なりも、食べるものも、生活も、何ら皆さんと変わらないのです。欲もありますしね。

浄土真宗においては、それを考えると実に合理性があると思います。厳しい修行をすることが救われるということならば、それは万人ができることではありません。それでは、救われる人は限られた人間になります。僧侶は特別な能力を持っていないというのは、僧侶であっても皆さんと同じということです。僧侶はみ仏のみ教えを取り次ぐ職なのです。

ですから、「共ににみ教えを聴き、共に感謝し、共に慈悲の心で人に接しよう」ということなのです。

特殊な能力はありません。同じ人間であるということです。

人は何か特殊な能力に惹かれ、憧れます。そして、頼ろうとします。現代社会において、人に対するストレスは、現実的で大きいものとなり我々にのしかかってきますのでさらにその兆候は否定できないでしょう。

しかし、大昔のように天気の仕組みが分からず神頼みになっていた時代ではなくなり、だいたいの物は学問や技術によって分かるようになりました。そこで、昔からあった宗教というジャンルとしての立ち位置を今まさに考えるべき時代になったのかもしれません。

宗教は現代人にとって必要なのか?

僕も今からこの根底にあるものを考えつつ、人はなぜ宗教を必要とするのかという本を読んでみようと思います。



秋彼岸

2007年09月19日(水) 住職(第18世住職)

秋分の日すなわち9月23日は彼岸の中日です。

自坊(私の住むお寺)でも、明日20日に秋彼岸の法要を営みます。

彼岸という言葉の意味は、言葉のまんまで「かのきし」ってことで向こう岸ということになります。要するに極楽浄土を指すわけです。また、なぜ春分・秋分に彼岸があたるのかですが、太陽が真東から昇り真西に沈むことから、西方にあると考えられていた極楽浄土に思いをはせることからという説や、中道を生きるという考え方から日の長さも半分半分でちょうどいいという説もあります。

ちなみにこの彼岸、日本だけのもので中国などにはないようです。

そして、秋彼岸は9月20日から26日で7日間が彼岸にあたります。日本ではお墓参りの習慣が強くありますので、この時期にお墓にお参りされる方が大勢いらっしゃいます。

是非皆様もこれを機会にお墓参りされてはいかがでしょう。



ひとこと

2007年08月02日(木) 前住職(第17世住職)

 住職就任以来、門徒さんの法事には聖典を持参し参詣者とともに、お勤めする習慣にいたしました。宗門の教義である読経によって故人を供養するのではなく、法事を通して仏縁に遇い故人を偲ぶことが大切であるからです。とても喜んでいただいています。

 法事のご縁では、様々な質問がございます。「満中陰が済まない間に盆を迎えると、初盆は来年ですか」などがあります。「盆中の死亡以外は本年が初盆ですよ、しかし地方の習慣に沿うことも大切です。」とお答えいたします。

 本年度(19年)伯耆組グラウンドゴルフ大会が自坊の担当で、去る7月8日(日)倉吉市市営陸上競技場で80数名の参加選手で開催されました。梅雨 の最中、雨を心配しておりましたが幸いに好天に恵まれ、賑やかなうちに競技が終了、会場を妙寂寺本堂に移し、表彰式、閉会式を開催し懇親を深めました。団 体優勝は香宝寺Bチーム、個人優勝は田口滋(真光寺門徒)さんでした。

 また、本年の夏休み8月20日~21日に青少年健全育成の一助になることを願い、第2回「サマースクール」を開催いたします。小学3年生から6年生の子供さんの参加をお待ちしております。

 こうして当妙寂寺もご法義伝道は勿論ですが、様々な行事を通してお念仏の輪が広まりますように、総代の皆さんをはじめ、ご門徒の皆さんと手を携えてご法義繁盛に努力精進してまいりたいと思います。 合掌



境内墓地

2007年04月18日(水) 住職(第18世住職)

うちには境内に墓地がありまして、最近規約をちゃんとしたものに改定しようかと思い、色々調べてみると、墓地、埋葬等に関する法律ってのがありまして、結構細かく規定されているんですね。

それはともかくとして、例えばお寺の境内や飛び地境内地に墓地がある場合、宗教が変わったら、墓地をそのまま利用できるのかという疑問を持ちません?

答えはまちまちですが、うちの場合規則の中に「ご門徒に限る」と規定されていますので、ご門徒である限り使用は継続できます。ただ、境内内での他宗の宗教行為をすることや他宗の墓石等を建築することはできません。うちの宗教行為の妨害とみなされ、違反行為となり使用許可が取り消されます。

要するにうちの境内墓地はご門徒様の為の一種の提供サービスであり、ご門徒様以外の方のお墓があると不平等となり得るからです。会員制みたいなもんですね。

全国にたくさんある墓地の中で、墓地は大きく2種類に分けられ「営利を目的としないもの」「営利目的にするもの」に分けられるかと思います。うちは前者なんですが、後者の場合は宗派を問わない所も多いです。宗教法人が経営してても後者の場合がありますので、もし、宗教を変える場合にはよくお調べになってトラブルにならないようにされた方が無難です。また、新しくお求めになる場合は、よくお調べになるほうがよいかと思います。

あと、よく分譲と申しますがほとんどの墓地では土地の所有権は移転しません。寺院墓地の場合は使用権が与えられるだけですし、その他は賃貸契約のような形をとっている場合が多いです。

墓地は軽々と移転(改葬)できるものではないので、よくお考えになり一番良い方法を熟考されることをお勧めします。

詳しくは法律の専門家におたずねください。