苦しみの中に生きる

2013年04月10日(水) 住職(第18世住職)

bteamjut生きていると苦しい事がたくさんあります。別に私だけではないし、人よりも私が苦しんでるとも思いません。それぞれにそれぞれの苦しみがあるもんだと思います。

先日から風邪を引いてしまったらしく、本を読む時間がありましたので、先ごろから興味のあった終末ケアに関する本や雑書を読み漁っていました。

終末ケアとは関係ないのですが、雑書の中で、「諦めるということが大切」という一文がありました。諦めると聞くと嫌な言葉に聞こえがちですが、何か違う様相のようです。

お釈迦様は「この世界は苦しみに満ちていて、それを集めたものが人間であり、苦しみの根源を除く事で消失する」ことを明らかに見てお示しくださっています。これが四諦(したい)ということなのでしょう。

そして苦しみの原因とは煩悩であるとお示しくださいました。さらに苦しみの原因を取り除く方法として八正道(はっしょうどう)を説かれています。

八正道とは 1 正見 2 正思惟 3 正語 4 正業 5 正命 6 正精進 7 正念 8 正定 の8つの正道です。

なかでも1番目の正見が重要だと思います。「正見」正しく物事を見て、本質を見極める事 これこそが、お釈迦様の説かれる諦める(明らかに見る)ということでしょう。

人間の欲望はきりがありません。いくら何かを得ても更にそこから新たな欲望が生まれてきます。永遠に満足することはないんですよね。しかし現実に欲望を0にすることはできません。極端な話、欲望0だと生きる事もできませんし、人間は滅亡してしまいます。

欲望のままにやりたい放題でも駄目だし、欲望0にもできない。

じゃぁ、どうするか。

ここでお釈迦様は中道(ちゅうどう)を説かれます。簡単にいえば「ええ加減」ということです。決してどうでもいいという意味ではありません。また、何かと何かのきっちり真ん中という意味でもありません。人それぞれにいい湯加減があるように、それぞれの「ええ加減」があるのです。お釈迦様はこれを琴に例えて説かれています。弦を張り過ぎても、ゆるくてもいい音はでない。今日という一日はいい日でも悪い日でもない。対極的な判断を捨て、「ええ加減」で自由な考え方をすれば本当の自分が見えてくるのではないでしょうか。

そして少欲知足(しょうよくちそく)。欲を少なくして足ることを知る。自分の身の回りには足りていること、すなわち幸せに思えることがたくさんあります。それを知り、なるべく欲を少なくして生きていくことが、苦しみの中に生きるということではないのかなーと思った今日この頃でした。

足りていないことを数える人生ではなく、足りていることを数えさせて頂く人生にしたいものです。